科学者の名前で学ぶドイツ語の読み方
こんにちは。物理工学科3年のシンタローといいます。
この記事は物工/計数アドカレに寄稿したものです。投稿が遅れてすみません。
記事一覧はこちら↓
突然ですが、あなたはEinsteinという名前を読むことはできますか?
さすがにこのアドカレを読んでいる人なら物理学者Albert Einsteinのことはご存じでしょうから、読みもわかるでしょう。Einsteinの読みは当然「アインシュタイン」です。
ところで、仮にあの偉大な物理学者を知らなかったとしてEinsteinを「アインシュタイン」と読めるでしょうか?そう思って改めて字面を見ると、「エインステイン」とでも読みたくなる人が多いと思います。
ではなぜこれが「アインシュタイン」と発音されるのか、それはドイツ語の発音規則を知るとわかるようになります。ドイツ語では「正書法」というものが定まっており、きちんと文字列と発音が対応するように綴りが決まっているのです。
この記事は、ドイツ語の発音規則を紹介し、さらにその規則が使われている科学者の名前を紹介します。科学者のセレクトはなるべく応物民(特に物工民)なら聞いたことがあるであろう人名にしています。知ってる名前がなぜそのような読み方になるのかを知り、さらには初見の人名を読めるようになりましょう!
注)この記事において「ドイツ語を読む」とは、「カタカナに近似して発音する」程度の意味合いです。厳密な発音を知りたい場合は、発音記号を調べたりGoogleに発音させたりするようお願いします。
目次
1. 原則
まずは原則を知っておきましょう。最悪ここの知識だけでもそれっぽくは読めます。
1-1. 原則その1:基本はローマ字読み
最初にして最も大事な原則、それはローマ字読みです。以下でもう少し細かく説明します。
母音について
ドイツ語でのa, e, i, o, uは、単独の場合はローマ字通りの発音にしかなりません*1。そのためとりあえずはローマ字で読んでおけば大丈夫です。母音の発音が大学入試に出るどっかの言語とは大違い
また、母音の後ろにhがあるときは長母音になります。例)Ohm(オーム)
子音について
基本的にローマ字通りですが、一部文字はそもそもの発音が異なるので紹介しておきます。
s:基本的に有声音(日本語でいう濁音)になる。後ろに母音がないときなどは無声音。
j:ローマ字のyの音になる。例)Jensen(イェンゼン)
v:ローマ字のfの音になる。例)von Neumann(フォン・ノイマン)
w:ローマ字のvの音になる。例)Ewald(エヴァルト)
z:「ツ」の音になる。例)Hertz(ヘルツ)
1-2. 原則その2:アクセントは第一音節
ドイツ語のほとんどの単語(特に固有名詞)では、アクセントが第一音節にきます。ヨーロッパ言語は強弱アクセントが重要だとよく言いますが、ドイツ語ではほとんど迷う必要がなくて助かります。アクセントの位置が大学入試に出るどっかの言語とは大違い
2. 特殊な文字編
ここからは、原則通りではちょっと読めない読み方を順番に見ていきましょう。
まずは英語では見かけないドイツ語特有の文字から紹介します。
2-1. ウムラウト (ä, ö, ü)
科学者例
・Schrödinger(シュレーディンガー)
・Röntgen(レントゲン)
・Hückel(ヒュッケル)
文字の上に2個点がついてるやつです。ドイツ語ではウムラウトといいます。
それぞれの発音の仕方は以下の通り。
ä:口をaの形に開いて、舌をeの形にして発音
ö:口をoの形に尖らせて、舌をeの形にして発音
ü:口をuの形に尖らせて、舌をiの形にして発音
実際にやってもらうとわかると思いますが、発音をカタカナで表すとä, öは「エー」、üは「ュ」って感じになると思います。カタカナに起こす際はこの通りに書かれます。
ちなみにウムラウトが書けない環境では、ウムラウトを付ける代わりに母音の後ろにeを書きます。(例:Schroedinger, Hueckel)
また、人名など正書法の影響を受けない固有名詞ではこの表記が正式なものもあります。解析力学でお馴染みのNoether(ネーター)はその一例です。
2-2. ß
アカデミアではまず見かけない文字ですが、ドイツ語で唯一アルファベットから大きく外れた文字なので紹介しておきます。
この文字は「エスツェット」といいます。ギリシャ文字のβ(ベータ)と似ていますが由来は全く別で、ドイツ文字のs(エス)とz(ツェット)を組み合わせたものと言われています。
肝心の読みはsの無声音(要するに「ス」の音)です。この文字が出せない環境では代わりにssが使われます。
またウムラウトと同様ssの表記で残っている人名があります。それがGauss(ガウス)です。仮にこの発音の言葉を現代の正書法通りに書いたとするとGaußとなります。
3. 特殊な母音編
ここからは普通のアルファベット(とその組み合わせ)でありながら、読みがローマ字通りではないものを紹介します。
まずは母音です。基本的にドイツ語にはa, e, i, o, uに先ほど紹介したä, ö, üを加えた8つの母音しかありません。ですが、特定の母音字を2文字組み合わせた複合母音では読みが特殊になります。ここでは2種類紹介します。*2
3-1. ei
科学者例
・Einstein(アインシュタイン)
eiは読み方が「エイ」ではなく「アイ」になります。冒頭で触れたアインシュタインにはこの読みがなんと2回も登場していますね。
ドイツ語では不定冠詞(の原型)がein(アイン)なので、大変よく見る綴りです。
3-2. eu, äu
科学者例
・Euler(オイラー)
さらにトリッキーなのがeu, äuで、読みはどちらも「オイ」になります。eiはまだしもこっちは知らないとまず読めません。
このパターンはeiほど多くは見かけません。ですが、実はEuropaという単語にeuが含まれているので、ドイツ語ではヨーロッパのことを「オイローパ」、通貨のユーロのことを「オイロ」と呼びます。まるで違う響きですね。
4. 特殊な子音編
最後に特殊な子音です。少し種類が多いですが、ここまでマスターすればドイツ語っぽく読むには十分でしょう。
4-1. ch
科学者例
・Bloch(ブロッホ)
・Kirchhoff(キルヒホフ)
この音はドイツ語特有の発音で、日本語にも英語にも存在しません。手前の文字によって2種類の音になるのですが、どちらも共通しているのはkの音からクリック音だけ引き算するというイメージです。
①a, o, u, auに続くとき
前の母音の形のまま喉の奥で息をかすれさせて発音します。「カ」「コ」を発音するときにクリック音だけ鳴らさないようにしてみましょう。「ハ」「ホ」みたいな音になります。
②上記以外
日本語で「ヒ」と発音すればほぼその通りに発音できます。
ちなみにこの音、日本語話者は響きの近いハ行で表しますが、英語話者は音の出し方の近いkの音で表します。例えば速度比に名を残すMachは、日本語では「マッハ」と書かれますが英語では「マック」と発音されます。
4-2. sch
科学者例
・Schrödinger(シュレーディンガー)
英語ではshで表現される「シュ」の音です。発音記号がインテグラル(∫)みたいなことでお馴染みですね。我らが物理工学科のHirschberger(ヒルシュベルガー)准教授の名字にも含まれる綴りです。
ドイツ語にはこの綴りがかなり頻繁に登場するため、ドイツ語ばかり読んでると英語のScheduleが「シェドゥーレ」としか読めなくなります(たすけて)。
4-3. 音節頭のsp, st
科学者例
・Einstein(アインシュタイン)
音節頭のsp, stはschp, schtの音、つまりs単独で∫の音になります。おそらくこの組み合わせがドイツ語では多いためにchが書かれなくなったのでしょう。これでようやくアインシュタインの読み方がちゃんとわかりましたね。
シンデレラ城のモデルとして有名なNeuschwanstein(ノイシュヴァンシュタイン)城にはschとstの両方が登場します。
4-4. tsch
科学者例
・Deutsch(ドイチュ)
これは∫の音の前にtがくっついて「チュ」のような音になります。子音字4つで1音をあらわすのでなかなかいかつい見た目です。
ちなみにDeutschという言葉はドイツ語で「ドイツ語/ドイツ人」のことを指します。ドイツという国はDeutschland(ドイチュラント/ドイツ人の国)と呼んでいます。
一方量子情報のアルゴリズムに名を残すDeutsch氏はイスラエル生まれのイギリス人とのこと。どうしてそんな名字なんだ…
4-5. 音節末のb, d, g
科学者例
・Hund(フント)
・Sommerfeld(ゾンマーフェルト)
・Heisenberg(ハイゼンベルク)
b, d, gは母音の前では有声音になりますが、音節末では無声音になり、それぞれp, t, kの音になります。直後に母音がないのに有声音があったところで発音しにくいし聞こえないという理由からこうなったと思われます。
実際に読み上げるときは有声音で発音しても問題なく伝わりますが、カタカナに起こす際には濁点の有無が変わってくるので知っておくとよいでしょう。
4-6. 音節末ig
科学者例
・Kronig(クロニッヒ)
最後にして一番の厄介者です。音節末のigは、この見た目ながら「イヒ」という発音になります。gのところにchを置いたものと同じ発音です。ここでのchは上記の分類でいうと②にあたるので、「ヒ」という発音になります。
一応、一つ前のルールに沿って音節末のgがkの音になって、さらにそこからクリック音がなくなった、と考えれば納得はいくのですが、初見ではまずわからない読み方でしょう。
実際にドイツ南部など一部地域には、一つ前のルール通りkの音で発音する方言があります。そのほうが直感的ですし、今後もしかしたら正書法が変わることもあるかもしれませんね。
まとめ
いかがでしたでしょうか。教科書で見るあの人やこの人の名前について、「だからそう読むのか!」と納得してもらえたのではないかと思います。
この記事を読むだけでは全部を覚えるのは難しいと思いますが、物理を勉強するなかでここで紹介した科学者たちが登場した際にたまに思い出してもらえば定着するでしょう。
この記事でドイツ語の発音に興味を持った方はぜひドイツ語を学んでみてください。ドイツ語は発音がかっこいいので、それっぽく話せるだけでちょっとうれしくなれます。
それでは。